2026年5月24日 13:37~14:06
松ぼっくりがボツボツと落ちた讃岐國分寺の境内は、弁財天像や梵鐘、多くの拝殿に加えて、現存すれば現在日本一高い東寺の五重塔を超えると考えられる七重の塔の礎石がほとんど残されているから広い。古代から伝わる十五個の礎石と似た風合いの黒松はひび割れて甲羅の形をした頑丈そうな幹を曇り空に勢い良く伸ばしている。白い雲を覆うほどに針状の葉を重ねた樹々にぶら下がる松ぼっくりは背の低いところにある枝にこそあまり姿をみせないが、見上げればその数は多く、曇天の空に瞬く黒い星々のようである。
鈍い空では國分寺本堂の屋根瓦もくすんでいるが、それは積もった土煙のせいでもある。屋根瓦を焼いていた府中山内瓦窯は近隣の町並に取り残されており、次のような風景である。
2026年5月24日 13:06~13:13
府中山内瓦窯跡は民家の間にあって、トタン小屋の中で眠っている。緑豊かなホソムギをかき分ければ横に広い穴蔵を覗くことができ、その空洞には緑が薄暗く集まっている。白く乾いた窯は所々に亀裂が走っており、単なる土の斜面のようである。左に立つ錆びた看板がかつての遺構を告げている。
史跡 府中・山内瓦窯跡
この附近の丘の中腹には、約一〇基の窯跡が並んでいるが、その多くは崩壊して、完形に近く残存するのはこの一基だけである。この窯の形式は丘の斜面にトンネル状の穴を掘り、壁面をネンドで塗り固めたものである。焚口は失われているが、この奥には、高さ一メートル、巾約一.四メートルの平らな床面となる「燃焼室」とこれに続いて急勾配に登る高さ二八センチから二四センチの五段の階段状につくられた(下二段は崩壊し、側壁にその痕跡が残る)「焼成室」があり、その天井奥には、径二四センチの円筒形「煙出し」が直立して地上に達していて、各窓の隔壁はなく、一天井の単室であり「あな窯」と呼ばれる様式のものである。
この窯から出土した瓦は、文様、胎土焼成りなどが、この地の北東約一キロ余に所在する讃岐国分寺や同尼寺跡から出土する瓦と同質で、両寺の建立にあたって、その瓦を製造した瓦窯と推定されるものである。大正十一年十月史跡に指定され、保護されている遺構である。
昭和六十一年六月一日
坂出市教育委員会
梵鐘がごんと突かれた。お経を唱える声、小鳥の囀りはおそらく近くで、カラスの鳴き声はたぶん遠くに聞こえる。松の葉には小鳥とはいえど姿を隠せはしないから、境内の輪郭を担うトベラやシナフジ、エノキの茂みに潜んでいるのかもしれない。シナフジの葉は軽いのか、少しの風でよく揺れている。